3-5 アンチな磁石に機密保持

−微小な反強磁性体を揃える新手法を提案−

図3-11 半導体メモリと磁気メモリ

図3-11 半導体メモリと磁気メモリ

0と1のデータを半導体メモリ(DRAM)では電気(−)の有無で、磁気メモリ(MRAM)では磁気(矢印)の向きで記憶します。このとき、電気は発熱の問題があり、通常の磁石(FM)では漏れ磁場による混線が問題となります。アンチ磁石(AFM)では磁気は常に打ち消し合うため、データの混線や漏れ出しがないという特性があります。

 

図3-12 ラシュバ効果による反強磁性体の磁気異方性

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図3-12 ラシュバ効果による反強磁性体の磁気異方性

(a)ある種の反強磁性体では、試料界面の磁気異方性が負の値をとり、面に沿った方向x(、[100]方向)が有利になります。(b)一方、試料内部では正の値をとり、垂直方向z(、[001]方向)になることが分かりました。さらに、ラシュバ効果の大きさを変化させることで、それぞれの異方性の大きさを調節することも可能です。グラフの横軸縦軸は、反強磁性体中の電子が持つ特徴的なエネルギー(eV)を単位としています。

 


インターネットやスマートフォン、来たるべきAI社会。現代の生活は、多くのデジタルデータに支えられています。デジタル処理の中枢にあるメモリ素子では、データを書き込み、記憶し、読み出すといった基本的な動作を一秒間に何十億回も繰り返しています。通常この動作は、電気の流れやすさを調節できる半導体という材料を使って、電気の目まぐるしいオンオフで実現していますが、これが熱を出しエネルギーを浪費してしまいます。増え続けるデータ量とともに、デジタル処理に関わる消費エネルギーの増大が、いま大きな問題となっています。

この問題の解決策として、「磁気メモリ」と呼ばれる新しいタイプのメモリ素子に期待が寄せられています。電気のオンオフに代えて「磁気が揃う向き」にデータを格納し、消費エネルギーを大幅に抑えるものです(図3-11)。この磁気メモリの基本部分にはナノスケールの微小な磁石が使われ、世界中で最適な素材の研究が進められています。その最先端にあるのが、「反強磁性体」と呼ばれる材料です。

反強磁性体は、磁気が揃う性質を持ちながら外部に磁場を出さず、また外部の磁場に反応しにくい「アンチ磁石」であり、ほかの磁気材料では実現できない優れた特性を持っています。例えば、漏れ磁場によるメモリ素子間の混線やデータ漏えいが原理的にないため、高集積化の限界を乗り越え、さらにデータの安全性確保にも寄与すると考えられます。また、放射線によって生じる電子機器の誤作動に対する耐性の観点からも強い関心が持たれています。

私たちは、この反強磁性体の磁気の揃う方向を支配する「磁気異方性」という性質に着目しました。物質中の特殊相対論効果(ラシュバ効果)を取り入れた理論モデルの解析を行い、特定の条件を満たす反強磁性体では、素子の内部と表面で磁気の向きやすい方向が全く異なることを明らかにしました。また、図3-12に示すように、これらの磁気異方性は、ラシュバ効果の強さに伴って変化します。これまでの研究により、ラシュバ効果は適切な異種材料を貼り合わせるなどのほか、外部から直接電圧を加えることで変調できることが分かっており、本研究によって反強磁性体の磁気異方性も同様の方法で適切な値に調節できることが分かりました。

一般に、サイズが小さいほど表面の効果がより支配的となります。このため、本研究で見いだされた性質はナノスケールで特に重要となり、微小な反強磁性体を使った次世代型磁気メモリの設計指針に貢献するものです。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.16K05424)「スピン起電力による磁気エネルギー利用法の理論研究」の助成を受けたものです。