3-6 スピン流発電の高効率化へ

−マグノン状態密度を中性子散乱で決定−

図3-13 2種類のスピンによる回転モード

図3-13 2種類のスピンによる回転モード

磁性体イットリウム鉄ガーネット中の鉄イオンの上向きと下向きの2種類のスピンによる回転モードです。このモードがマグノンとしてスピン流を生み出します。

 

図3-14 中性子散乱で得られたマグノン状態密度

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図3-14 中性子散乱で得られたマグノン状態密度

この大きさは動的磁化率の虚部に比例し、スピン流発電の量を決定します。線で示すようにゾーン境界では大きなピークとなります。各データ点の色は、装置や条件が異なることを示しています。

 


スピン流発電は、磁石である電子のスピンの運動や流れ、すなわちスピン流で発電できる画期的な発電方法です。スピン流はスピンの回転運動の流れ(マグノン)であり、例えば温度勾配により生じます。その流れが白金などの電極上で、電圧として現れ発電します。これまで効率が高いイットリウム鉄ガーネット(YIG)という磁性体を用いて発電が調べられてきました。このYIGという磁性体の組成はY3Fe5O12であり、図3-13に示したように上を向いたスピンと下を向いたスピンが、その数の比が3:2となるように含まれ、上を向いたスピンの数が多くなっています。これがこのYIGが強磁性体(フェリ磁性体)となる理由です。またスピンの回転には、右回りと左回りがあり、エネルギーによって特定の方向にのみ回転できます。一見、全く自由に回転できそうなスピンにこのような制限が対称性から出てきます。さらにこの回転がスピン流と密接に関係しており、二つの回転が混ざってしまうと効率が下がることが理論的に指摘されています。このYIGでは、この二つの回転のエネルギーが約30 meVと大きく分裂し、図3-13の左回りのスピンの回転のみが低温で起こることから、効率が高くなることが分かってきました。さらに、その回転の状態数の大きさが効率を決めます。そのマグノンの状態数は、中性子散乱によって、マグノン状態密度として測定することが可能です。しかしこれは散乱強度を絶対値で評価する必要があることから実験的に難しく、これまで直接には求められていませんでした。

今回、J-PARCセンターの物質・生命科学実験施設の非弾性中性子散乱装置である、四季、AMATERAS、DNAという三つの装置を用いて、3桁にわたる幅広いエネルギー領域で、中性子散乱強度の絶対値評価を行い、図3-14に示すようなマグノン状態密度を求めることに成功しました。YIGのような複雑な磁気構造での導出方法が分かったことで、今後、ほかの多くの物質に応用することができるようになりました。

最近、より効率の高いスピン流発電物質の開発が試みられていますが、その強磁性体物質の条件としては、右回りと左回りの二つの回転が重ならないこと、そして図3-14のマグノン状態密度がより高いことが、重要な因子となります。これらの様子は中性子散乱により直接求めることができます。

スピン流発電は温度勾配だけでなく、超音波による格子振動によっても生じることが知られています。これにはマグノンポーラロンというマグノンとフォノンとが混ざった状態が重要な役割を担っていると考えられます。今後はマグノンだけでなく、スピン流発電へのフォノンの効果も中性子散乱により調べていく予定です。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B)(No.25287094)「中性子散乱による温度勾配下での素励起流測定」の助成を受けたものです。