図4-1 原子力基礎工学研究の概要
原子力エネルギーの利用や放射線利用は、基礎となるデータベースやシミュレーション解析コードなどのツール、分析技術、現象のメカニズムに関わる知識など共通基盤技術・知識基盤によって支えられています。私たちは、常に最新の知見や技術をこれらに取り込む研究開発を行い、様々な産業界・大学・政府機関などに提供をしています。また、軽水炉の安全性向上や放射性廃棄物の有害度を減らす分離変換技術など新しい原子力利用技術の研究開発も行っています(図4-1)。本章では、近年の研究開発による成果を紹介します。
使用済核燃料に含まれるマイナーアクチノイド(MA)核種の多くは強い毒性があるため、有害度を低減する技術を開発しています。MAの一つであるアメリシウム(Am)の熱中性子捕獲断面積について測定技術の違いで実験結果が異なる課題がありました。私たちは、共鳴構造の影響を放射化法で測定された結果に対して補正する方法を開発し、飛行時間法による結果と整合することを確認し、MAの核データに関わる課題の一つを解決しました(トピックス4-1)。
特定のセラミックスは放射線に強い性質を持ちますが、その理由は不明でした。このメカニズムを解明するため、新しいナノスケールの観察法を開発しました。セラミックスに重粒子線を照射して、原子の配列が乱れても即座に再結晶化して自己修復することを新しい観察法で確認することに成功しました(トピックス4-2)。
材料科学シミュレーションによる割れにくい合金の設計・開発に挑戦しています。結晶境界にある合金元素の占有率を指標とすることにより、合金の割れにくさを予測することが可能であることを確認しました(トピックス4-3)。
放射性廃棄物の中から特定の金属を分離する溶媒抽出法を研究しています。抽出剤(有機相)と水相の界面にある金属イオンの構造が抽出性能に影響を及ぼすと考えられていますが、その構造を観察して決定できる技術がありませんでした。私たちは、先進的なレーザー分光法を用いて、界面のユーロピウム(Eu)イオンの構造を突き止めることに成功しました(トピックス4-4)。
放射線による遺伝子情報の変質に極低エネルギーの二次電子が影響することを解析的に突き止めました。この成果は、放射線による突然変異やがん誘発の初期要因を解き明かす重要な知見です(トピックス4-5)。
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)用のがん治療薬剤の開発や治療計画の最適化に役立てるため、確率論的マイクロドジメトリ動態モデルと解析コードPHITSを組み合わせて、理論的にがん細胞殺傷効果を予測することに成功しました(トピックス4-6)。
軽水炉で過酷事故が起きて放射性物質が環境に放出され、公衆が被ばくする事態を想定した研究をしています。公衆の被ばく量を評価するためには、核燃料からの放出割合、原子炉内の移行割合、原子炉外への放出割合などを評価する必要があります。私たちは、実際の環境に近い条件でストロンチウム(Sr)の放出・移行実験を行い、詳しい化学的挙動データを取得しました(トピックス4-7)。
私たちは、MAを加速器駆動核変換システム(ADS)で減容する技術開発の一つとして、米国の臨界集合体と高濃縮ウランを用いて冷却材である鉛の核データの検証を進めています(トピックス4-8)。
ADSの実現に向けた核変換実験施設の要素技術としてレーザー荷電変換システムを開発し、J-PARCの大強度陽子ビームから微小出力ビームを制御して取り出せる技術の基礎を試験により確認しました(トピックス4-9)。
原子力発電所の過酷事故時の高温、腐食環境下でも耐える金属被覆無機絶縁(MI)計測ケーブルを調査・検討して、ニッケル基合金NCF600が優れた材料であることを試験を実施して確認しました(トピックス4-10)。