図4-15 鉛ボイド反応度価値における実験値と解析値の比較
原子力発電所から排出される使用済燃料を再処理し、ウラン、プルトニウムを取り出した後に残る高レベル放射性廃棄物は、長期間にわたり強い放射線を出し続ける核種(長寿命核種)を含んでいます。このため、人間の生活環境に影響を及ぼさないように、数百メートルより深い安定な地層中に埋設することとされています。私たちは、高レベル放射性廃棄物処分の負担軽減を目指して、放射性毒性が強い長寿命核種を分離し、中性子との核反応として核分裂させることで、安定または短寿命の核種に変えることが可能な、核変換専用のシステム(加速器駆動システム:ADS)を検討しています。ADSでは、安全性の高い冷却材として化学的に安定な鉛ビスマス合金を使用することを検討しています。しかし、我が国では、原子力分野で鉛ビスマスを冷却材として使用した経験はなく、特に鉛の核的反応に係わる特性(核反応断面積)は十分に検証されていません。そこで本研究では米国の臨界集合体を用いて、ADSと同様の高速中性子体系で、鉛の核反応断面積を検証するための新たな実験データを取得しました。
ADSでは、鉛ビスマスの核破砕で発生した高速中性子は、冷却材の鉛ビスマスとの核反応で徐々に減速され、その過程で核燃料に吸収されて核分裂を起こします。核分裂で発生する高速中性子も、同様の減速過程を経て次の核分裂に使われます(核分裂連鎖反応)。したがって、ADS中の中性子を媒介とした核分裂連鎖反応を正確に予測するためには、中性子の減速に関する冷却材中の鉛との核反応断面積を精度良く評価することが重要です。また、この核分裂連鎖反応が起こる様子は、使用する燃料の種類によっても異なります。そこで実験では、典型的な二つの実験体系(235Uを多く含む高濃縮ウラン/鉛実験体系、238Uを多く含む低濃縮ウラン/鉛実験体系)を構築し、それぞれの実験体系の鉛を段階的に除去(ボイド化)することで、高速中性子体系中の鉛で減速される中性子量の減少が核分裂の連鎖に与える影響度(鉛ボイド反応度価値)を測定しました。このように、それぞれの燃料を用いた実験で、鉛の有無による核分裂連鎖反応の変化を調べることで、鉛と中性子との反応の精度を多角的に検証することができます。
高速中性子体系中の235Uを多く含む高濃縮ウラン燃料は鉛に減速された中性子の方が核分裂を起こしやすいため、高濃縮ウラン/鉛実験体系で鉛を減らしたことで減速される中性子の割合が減って核分裂の連鎖が起こりにくくなり、負の鉛ボイド反応度価値が観測されました(図4-15(a))。一方、高速中性子体系中の238Uを多く含む低濃縮ウラン燃料は減速されていない高速中性子の方が核分裂しやすいため、低濃縮ウラン/鉛実験体系で鉛を減らしたことで減速されていない高速中性子が増えて核分裂の連鎖が起こりやすくなり、正の鉛ボイド反応度価値が観測されました(図4-15(b))。これらの測定結果に対して、日米の核反応断面積データ(核データ)を用いた鉛ボイド反応度価値の解析値と比較した結果、いずれの核データも、低濃縮ウラン/鉛実験体系では実験値を良く再現する一方で、高濃縮ウラン/鉛実験体系では実験値を過大評価することが分かりました。
今回の実験では、燃料の種類を変えることで鉛の核反応断面積を多角的に評価できる、世界でも類のないデータを取得することができました。今後も日米で協力し、高速中性子体系での鉛の核反応断面積を評価するためのデータを拡充することで、核変換技術に関する研究開発を進めていきます。
本研究は、米国ロスアラモス国立研究所との共同研究で得られた成果の一部です。