4-9 レーザーで微弱陽子ビームを取り出す新技術

−核変換実験施設に必要な要素技術を確立−

図4-16 新たに構築したレーザー荷電変換システム

拡大図(1.68MB)

図4-16 新たに構築したレーザー荷電変換システム

Hビームをエネルギー3 MeVまで加速する加速器の下流に、高出力レーザーと照射位置の変動が極めて小さいレーザー光輸送系を設置し、偏向電磁石中でHビーム(橙色)にレーザー光(桃色)を照射します。

 

図4-17 レーザーにより欠損したH―ビームの波形

図4-17 レーザーにより欠損したHビームの波形

偏向電磁石中でHビーム(水色)にレーザー光を照射すると、Hが中性化し磁場中を直進します。このため、Hビームの電流値がゼロになり、欠損します(図中央の破線で囲まれた部分)。

 


高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減を目的として、大強度の高エネルギー陽子ビームで長寿命放射性核種を短寿命化するのが、加速器駆動核変換システム(ADS)です。ADSは陽子加速器と未臨界炉を組み合わせたシステムであり、その開発に向けた技術課題解決に必要な基礎的研究を行うため、J–PARCにおいて核変換実験施設を検討しています。実験施設では、大強度の負水素イオン(H、400 MeV/250 kW)ビームを用い、ターゲットの技術開発を行います。また、大強度のHビームから微小出力の陽子(H+、最大10 W)ビームを取り出し、小出力の原子炉である未臨界の臨界実験装置に導入し、ADSの成立性に係る核特性などの研究を行います。取り出したH+ビームは原子炉の駆動源となり、その安全性に係わることから、微小出力のH+ビームを長時間安定に取り出すことが必要不可欠となります。パルス電磁石や金属薄膜を用いる一般的なビーム取出し方法では、電磁石の異常や金属薄膜の変形等により大出力ビームが取り出される可能性があり、安定に微小出力ビームを取り出せません。今回、長時間安定にH+ビームを取り出すため、レーザー荷電変換システムを開発し、試験を行いました。

開発したレーザー荷電変換システムは、H+ビームのバックグランドを完全に除去するためにレーザー光とHビームの衝突点を偏向電磁石内に設置し、既存の加速器(ビームエネルギー3 MeV)と接続しました(図4-16)。また、試験では実験の要求より取り出したH+ビーム出力が5〜10 W相当、出力変動が5 %以下という目標を設定しました。さらに、J–PARCの運転スケジュールとの整合を図るため、取出し時間の目標を7日(延べ56時間)以上としました。このようなH+ビームを生成するために、高出力でHビームの繰り返し数25 Hzに同期するパルスレーザー光源(1.6 J/pulse、25 Hz)を新たに開発しました。さらに、レーザー光の照射位置を安定に制御するレーザー光の輸送系も構築しました。

このシステムを用いて試験を行った結果、ビーム出力変動を約3 %以内に抑えながら約8 W相当のH+ビームを約8日間(延べ65時間)にわたり取り出すことに成功し、当初の目標を達成することができました(図4-17)。

以上の結果から、実験施設に必要な要素技術の一つである、J–PARCにおける大強度陽子ビームから微小出力ビームを長期間安定に取り出すための制御技術の基礎を確立することができました。