4-2 放射線環境中のセラミックスがもつ自己修復能力

−セラミックスの表面を観察する新しい手法による成果−

図4-4 従来の観察法の例と新しい観察法

図4-4 従来の観察法の例と新しい観察法

重粒子の照射によって形成された表面の超微細組織(隆起物)のみを観察することを目指しました。従来法では、超微細組織以外の組織も重なってしまいます(a)。一方、新しい観察法では、観察対象の超微細組織のみをクリアに観察できるようになります(b)。

 

図4-5 新しい観察法で観察した超微細組織の写真

図4-5 新しい観察法で観察した超微細組織の写真

通常のセラミックス(例:Y3Fe5O12)では、照射後の原子の配列は乱れてしまっています(a)。ところが、特定のセラミックス(例:BaF2)では、再結晶化によって自己修復が起きていることが分かりました(b)。

 


一般に、高エネルギー重粒子線を照射したセラミックスには、顕著な照射損傷が生じています。ところが、特定のセラミックス(例:フッ化バリウム(BaF2)や二酸化ウラン(UO2)等)においては、予想より照射損傷が少ないことが分かっています。なぜ特定のセラミックスのみ「放射線に強い」のか、そのメカニズムを解明することは重要な課題です。高エネルギー重粒子線を照射したセラミックスの表面には、数ナノメートルの大きさの超微細組織が発生します。私たちは、この超微細組織の中に、放射線に強い理由が隠されているのではないかと考え、超微細組織を観察する手法の開発に着手しました。

図4-4は、従来の観察法と新しく開発した観察法の比較です。重粒子一個がセラミックス試料を通過すると、表面には超微細組織(超微細な隆起物)が形成されます。従来の観察法では、図4-4(a)のように超微細組織以外の組織が重なってしまい、どれだけ高倍率で見ても超微細組織の様子はよく分かりませんでした。そこで、重粒子線を斜めから照射してみると、試料の端に超微細組織が形成されました。図4-4(b)のように、照射角度の工夫と透過型電子顕微鏡を採用することで、高い分解能でクリアに超微細組織を観察できるようになりました。

一般に、高エネルギー重粒子線を照射すると、照射された場所の原子の配列が乱れます。通常のセラミックス(例:イットリウム鉄ガーネット(Y3Fe5O12)の照射表面に発生した超微細組織を新しい方法で観察すると、予想どおり原子の配列は乱れていました(図4-5(a))。配列の乱れが、修復されずにそのまま残っている状態です。

一方、放射線に強い特定のセラミックス(例:BaF2やフッ化カルシウム(CaF2)等)では、上記のセラミックスと異なり、超微細組織の内部の原子が整列していることが分かりました(図4-5(b))。超微細組織の内部の原子の配列が照射によって一旦は乱れたにもかかわらず、すぐに原子の配列が整列し直した(再結晶化した)ことが示唆されました。放射線に強いこれらのセラミックスは、高エネルギー重粒子線の照射によって原子の配列が乱れても、即座に「自己修復」したと考えられます。放射線に強い特定のセラミックスには、自己修復能力が備わっていることが示唆されました。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.16K06963)「高速重イオン照射によって形成された表面ナノ構造の直接観察」の助成を受けたものです。