4-3 計算科学を用いて割れにくい合金を設計する

−電子状態計算によるマグネシウム合金開発−

図4-6 界面構造の原子モデル

図4-6 界面構造の原子モデル

金属材料は粒界や双晶と呼ばれる結晶の境界が存在しており、とりわけMgにおいてはそこから割れが発生・進展することが知られています。図のような原子モデルを用いて境界の構造を作成し、境界に合金元素を添加することによって割れへの影響を評価することができます。

 

図4-7 (a)計算による割れにくさの指標と(b)実験との比較

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図4-7 (a)計算による割れにくさの指標と(b)実験との比較

様々な合金元素に対する割れにくさの指標を境界の原子の占有率に応じて評価しました。負の値を示す合金元素は割れやすく、正の値を示す合金元素は割れにくくする影響を持つことを示しています。この指標を実験から得られた割れにくさと比較すると良い相関が得られ、計算によって割れにくい合金元素を予測することが可能であることが確認されました。

 


構造材料の機能で重視されるのは、強度と延性と割れにくさです。マグネシウム合金は、延性が低く割れやすいものの、軽いという特徴から、現在広く用いられているアルミニウム合金に代わる材料として注目されており、パソコンのボディーや自動車などの輸送機器の構造部材などに用いられています。そのため、より延性や割れにくさを高めるマグネシウム合金の開発が求められています。

マグネシウム合金では、粒界や双晶境界という結晶の界面(境目)から割れが発生することが分かっており、この界面の特性にもたらす合金元素の影響が割れの特性を決めていると考えられることから、計算シミュレーションによる合金設計手法の開発に着手しました。このような合金元素の影響を明らかにするには、原子レベルのモデルと電子の結合までを考慮した複雑な計算が求められます。また、多様な界面の構造モデルを作成し、それぞれに対して様々な合金元素の影響を調べることは、莫大な計算時間を必要とします。そのため、体系的な評価は過去にはあまり行われてきませんでした。このような中、本研究では、原子力機構の大型計算機ICE Xを最大限に活用して、マグネシウム(Mg)と合金元素の間の電子的な相互作用に基づいて割れにくさを評価する方法を構築しました。

図4-6は、マグネシウム合金でよく観察されている界面構造の原子モデルです。界面1〜3はそれぞれ、(1011)、(1012)、(3032)双晶に対応し、界面上の原子で等価な配置を持つものにA〜Fの番号を示しています。今回は界面の違いによる影響を包括的に調べるために、3種類の異なる界面を作成しました。この界面の原子の場所に合金元素が存在するときの影響を電子構造に基づく計算によって評価します。さらに、割れが生じるときには界面が離れて表面を作るため、離れた状態も同時に評価します。ここで、破壊力学理論に表面を作るときの方がエネルギー的に安定なものが割れやすいという指標があります。この指標を応用して、合金元素がある場合に表面の作りやすさがどのように変化するかを調べることにより、割れにくさを評価する指標(=計算による指標)を新たに構築しました。図4-7(a)は、図4-6で構築した指標((1012)双晶の場合)を用いて、Mgにおける今回対象とした合金元素の影響を占有率別に計算した結果です。この評価法では、リチウム(Li)、カルシウム(Ca)、スズ(Sn)、鉛(Pb)が負の値を示し、割れを促進する合金元素であることが予測されます。他方、これら以外の元素は正の値を示しました。特に、ジルコニウム(Zr)は割れにくくする影響が強いことが予測されます。割れにくさについて、本研究で構築した指標(100 %の場合)によって得られた結果と実験によって得られた結果を比較すると、本研究と実験の結果には良好な相関が見られました(図4-7(b))。また、本研究によって予測したZrが、実験でも割れにくさを大きく向上させていることが確認できました。

計算シミュレーションを用いた合金設計は、合金開発に係る時間やコストを大きく削減できるとともに、希少元素を用いない産業利用価値の高い合金開発への応用が可能であることから、資源の少ない我が国の製造業の発展に貢献することが期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.16K06714)「六方晶金属における塑性異方性改善のための合金設計手法の開発」の助成を受けたものです。