1-10 動植物に含まれるトリチウムの分析を早く簡単に

−海産物中の有機結合型トリチウム(OBT)迅速分析手法の開発−

図1-20 生体中のトリチウムの化学状態

図1-20 生体中のトリチウムの化学状態

トリチウムは、生体内で組織内自由水(TFWT)と有機結合型トリチウム(OBT)の状態で存在します。

 

図1-21 (a)凍結乾燥機と(b)迅速燃焼装置

拡大図(183kB)

図1-21 (a)凍結乾燥機と(b)迅速燃焼装置

(a)凍結乾燥機では、ヒラメ試料からTFWTと乾燥試料の回収を行いました。試料を細かくし、乾燥時間を短くしています。(b)迅速燃焼装置では、(a)で得られたヒラメの乾燥試料(右図)を燃焼させ有機物を水に分解し、OBTを回収しました。

 

表1-1 採取されたヒラメのトリチウム濃度

公定法と本文で示した迅速法で測定し、1 Bq/kg未満の検出下限値が確認されました。現在のヒラメにはトリチウムは検出されませんでした。

表1-1 採取されたヒラメのトリチウム濃度

拡大図(136kB)

 


緊急時のモニタリング手法を確立することは、環境影響を評価する重要な手段となります。その放射性物質の一つに水素の同位体であるトリチウム(3H)がありますが、環境中のトリチウムは水の状態だけではなく有機物としても存在しています(図1-20)。β線の測定は、トリチウム水に変換する必要があり、タンパク質などの有機物の状態で存在している有機結合型トリチウム(OBT)の場合は、乾燥工程により生物の組織内自由水に含まれるトリチウム(TFWT)を除去した後に有機物を燃焼し水を回収するといった前処理を施す必要があります。前処理方法は文部科学省のマニュアル(公定法)でまとめられていますが、前処理工程に時間と技術的な能力が必要となります。モニタリングの信頼性の向上のためには測定件数を増やすことが重要ですので、前処理工程の時間を短縮させ、技術的に簡便な方法を開発することが必要と考えました。

今回は、福島県沖のヒラメを試料として用い、モニタリングの評価を想定した検出限界(1 Bq/kg)を目標とした前処理手法を開発しました。複数ある前処理工程の中で、組織内自由水を分離するための凍結乾燥の工程と有機物を水にする燃焼の工程に着目しました。凍結乾燥(図1-21(a))の工程においては、試料の1辺を1 cm程度の大きさにすることにより表面積を大きくし、乾燥時間の短縮を図りました。その結果、従前は2週間程度かかる乾燥工程が4日程度に短縮しました。燃焼工程においては、国内では運用例が少ない迅速燃焼装置(図1-21(b))を採用しました。この装置は、試料が少ない場合に処理が早い利点があります。この装置で生成させた水の回収工程において、アンモニアなどの余分なガスの分離工程に着目し、分離せずに測定試料として同時回収するように改良し、冷却・ガス抜き・加温工程の簡素化を行いました。その結果、通常は1週間程度かかる工程が1日程度に短縮しました。ヒラメの乾燥試料10 gを燃焼させると5 mLの燃焼水が得られることから、液体シンチレーション検出器による3H測定の検出下限値や、乾燥による重量減少等を考慮すると、生体試料中のOBTの検出下限値として1 Bq/kg生未満の値を得ることができました(表1-1)。

今回開発した迅速分析手法については、毎年国際機関主催の同一試料の分析結果相互比較試験に参加して、その信頼性を確認しています。

これらの研究成果が認められ国際原子力機関(IAEA)の依頼に基づき、前処理の装置設置と手法について、IAEAのエンジニアに対する技術指導を行いました。

(藤原 健壮)