図1-27 機械学習を用いて作成した空間線量率マップ
私たちは東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故後、環境中の放射線モニタリングや原子力防災のためのツールとして、無人機を用いた上空からの放射線測定技術の研究開発を進めています。本技術は、人が立ち入れない場所も含め、迅速に広範囲を測定できるというメリットがある一方、上空での測定値から地上の線量率に換算する際の不可避的な不確かさが存在するというデメリットがあります。従来の換算手法では、測定対象となる地表面は平らで線量率分布が一定と仮定した簡易的なパラメータで換算していましたが、仮定条件から逸脱する地形や線量率の変化が複雑なエリアでは不確かさが大きくなります。換算の精度を向上させるために私たちは逆問題解析手法を用いた解析手法の研究開発を行いましたが、解析時間がかかる課題がありました。本研究では換算の精度に加えて、逆問題解析手法より計算速度を大幅に向上させるため、AIの一種である人工ニューラルネットワーク(ANN)を用いた機械学習による解析手法の開発を行いました。
まず、ANN構築のための訓練データとして、1F事故後に福島で行われた放射線測定のビッグデータの中から、無人ヘリコプターによる上空からの放射線測定データ及び歩行式サーベイメータによる地上測定データを、10 m四方メッシュで作成し、合計37936個のデータセットを準備しました。ANNの構築には、汎用のソフトウェアであるNeuralWorks Predict(NeuralWare社製)を用いました。構築したANNと訓練データ以外のデータセットを用いて地上線量率への換算を行い、地上測定値との誤差の全平均(RMSE)及び測定位置ごとの残差の割合(RD)を指標として、従来法からの改善度を評価しました。
従来法(図1-27(a))と機械学習(図1-27(b))で換算した線量率の分布マップを比較すると、機械学習による換算では、除染などにより線量の勾配が大きくなるエリアの鮮明度が向上しています。誤差の全平均RMSEは、従来法が1.00、機械学習は0.66となりました。また、図1-27(c)に示すRDのヒストグラムから、測定位置ごとの残差も全体的に小さく(0に近く)なっていることが分かります。従来法では簡易的なパラメータで換算していましたが、機械学習では多くのデータの経験値から得られた、最適なパラメータを取得することができ、換算精度が向上したと考えられます。
また、図1-27のエリアにおいて逆問題解析手法では数時間必要だった解析時間は、機械学習による換算では、ANNの構築が完了していれば数分で行うことができました。
このように、機械学習を用いることで、従来の換算手法に比べ、より簡便かつ高い精度で、地上測定結果に近い線量率分布を再現できることが分かりました。今後、現状の放射線測定情報と測定高度情報に加えて、写真の色情報を付加し、土地利用をファクターとして考慮することにより、さらなる精度向上が見込まれます。
本研究は、名古屋大学との共同研究の成果の一部です。
(佐々木 美雪)