図1-32 貯水池の溶存態137Cs
水から水生生物や農作物への放射性核種の移動を評価する上では、河川や貯水池などの水中に溶解した放射性核種の起源と動態を解明することが重要です。本研究では、生物学的に利用性が高く、かつ大きな移動性を有する水に溶解した状態(溶存態)の放射性セシウム(137Cs)に着目し、貯水池底質(貯水池底の堆積物)から河川水への再移動量を流入水と放流水の時間変化及びマスバランス評価から考察しました。
調査は、2014年から2019年までの6年間、福島県浪江町の大柿ダムで行いました。毎月定期的に採取した流入水と放流水を、メンブレンフィルターを用いてろ過し、ろ液中の137Cs濃度を測定し、溶存態の濃度としました。
調査の結果、溶存態137Cs濃度は流入水よりも放流水のほうが有意に高く、また、流入水と放流水のいずれも時間とともに減少する傾向を示しました(図1-32(a))。溶存態137Cs濃度の環境半減期は、流入水では約2.9年、放流水では約3.6年と推定され、放流水の溶存態137Csは、流入水よりも濃度の減少速度が遅いことが明らかになりました。これらの結果は、溶存態137Cs濃度が貯水池の内部負荷(底質から湖水への溶出)によって高められていることを示唆しています。
貯水池内では、水温が急激に変わる水温躍層の発生に伴い、表層水と底層水の循環が停滞します。そのため、湖底付近では、溶存酸素濃度(DO)が低下し、還元的な環境が形成されるとともに、溶存態137Cs濃度が高くなる傾向が認められました(図1-32(b))。還元的な環境下では、有機物が微生物によって分解され、アンモニウムイオンが生成します。底層水中の溶存態137Cs濃度の上昇は、この水中のアンモニウムイオンと底質中のセシウムイオンとのイオン交換が要因と考えられます。
あわせて、流入水と放流水の流量と溶存態137Cs濃度の時間変化から、2017年と2018年の2年間について、貯水池の溶存態137Csのマスバランスを評価しました。その結果、貯水池の下流へ放出される溶存態137Csの年間総放出量の約32%〜40%が貯水池内部で生成された、すなわち底質から溶出した溶存態137Csが占める可能性が示唆されました(図1-32(c))。
以上の結果から、貯水池の底質は中長期的に溶存態137Csの主要な供給源となる可能性が高く、今後もモニタリングを継続することが重要です。
(舟木 泰智)