1-8 格納容器材料の腐食予測を目指す

ー放射線環境下での腐食データベースの構築ー

図1-20 ラジオリシスデータベースを用いた放射線環境下にある水質の解析例(1)

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図1-20 ラジオリシスデータベースを用いた放射線環境下にある水質の解析例(1)

臭化物イオンは海水に含まれますが、臭化物イオン濃度が高くかつ線量率が高い場合に、鋼材の腐食を加速させる過酸化水素の発生量が多くなると予想されます(1 M = 103 mol/m3)。

 

図1-21 ラジオリシスデータベースを用いた放射線環境下にある水質の解析例(2)

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図1-21 ラジオリシスデータベースを用いた放射線環境下にある水質の解析例(2)

炭酸イオンは空気中や地下水中などに含まれますが、炭酸イオン濃度が高くかつ線量率が高い場合に、鋼材の腐食を加速させる過酸化水素の発生量が多くなると予想されます(1 M = 103 mol/m3)。

 


東京電力福島第一原子力発電所の格納容器(PCV)内部の滞留水や冷却水は、燃料デブリや飛散したセシウム等からの放射線にさらされ、かつ、海水注入等により外部から流入したイオン種、鋼材から溶出した金属イオン種等の多くの不純物を含んでいると考えられます。また、現在PCV内は窒素ガスで置換されていますが、今後の廃炉作業に伴い開放されて酸素が入り込み様々な溶存酸素(DO)濃度(0〜8 ppm)となると推測されます。放射線照射下では、水の放射線分解(ラジオリシス)が起こり、鋼材の腐食を加速させる過酸化水素(H2O2)等が発生します。これは、PCVなどの構造物の腐食発生につながり、廃炉作業の阻害要因となることが懸念されます。そのため本研究では、今後の廃炉工程の進展に伴うPCV内の環境変化を考慮し、多様な不純物、比較的強いガンマ線照射環境、幅広いDO濃度の条件で発生するラジオリシスや腐食現象を予測するために必要な知見をデータベースとして取りまとめることを目的としました。本研究は、原子力機構が量子科学技術研究開発機構、大阪府立大学、東京工業大学、東北大学、東京大学と連携して実施しました。本データベースは、ラジオリシスに関するラジオリシスデータベース、放射線照射下での腐食に関する放射線下での腐食データベース、廃炉工程における潜在的腐食影響についてまとめた腐食調査票の整理の3部構成となっています。このうち原子力機構では主にラジオリシスデータベース整備を担当しました。

ラジオリシスでは、酸素や水素などの安定な化学種だけではなく、不安定なラジカル種も生成し、またこれらの生成した化学種間でも化学反応が発生します。このような反応を、数値解析を用いて予測することとしました。文献等により、基本となる水の分解生成物のほか、塩化物イオン、臭化物イオン、硫酸イオン、炭酸イオン及び炭酸水素イオン、鉄イオンに関する合計215の反応式及び反応速度定数を収集し、上記の6種の不純物イオンが共存する水のラジオリシスデータベースを作成しました。

データベースを用いた解析例として、不純物成分の中で臭化物イオンと炭酸イオンに関するH2O2濃度の解析結果をそれぞれ図1-20及び図1-21に紹介します。PCVの材料である炭素鋼の腐食速度はH2O2濃度に比例して速くなります。解析結果から、高線量率の環境では、H2O2の発生量を低減するにはDO濃度を低減することが必要で、臭化物イオンや炭酸イオン濃度を低減することも効果的であると分かりました。また、低線量率ではあまり臭化物イオンの影響は現れないが、炭酸イオンの場合は濃度増加とともにいずれの線量率でもH2O2が増加することが分かりました。また、海水由来の陰イオン等や鋼材から溶出する鉄イオンの存在により、ラジオリシスによる生成物の生成量が大きく変化することも明らかとなりました。本データベースは、放射性物質を含む汚染水の保管容器の腐食環境や、水の放射線分解により発生する水素量の評価などにも応用が期待されます。今後は、本データベースをより幅広い条件に拡充するとともに、腐食抑制法の研究に活用していく予定です。

本研究は、文部科学省「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」の「放射線環境下での腐食データベースの構築」で実施したものです。

(佐藤 智徳)