2-7 1個のウラン粒子から隠れたウラン精製活動を検知

ー精製時期を推定するための230Th/234U原子個数比分析技術ー

図2-19 精製日からの経過年数と<sup>230</sup>Th/<sup>234</sup>U原子個数比との関係

拡大図 (73kB)

図2-19 精製日からの経過年数と230Th/234U原子個数比との関係

ウランを精製した直後から234Uの放射壊変により230Thが蓄積してきます。両核種の原子個数比を分析することにより、精製日からの経過年を明らかにすることができます。

 

図2-20 分析に用いたウラン粒子の電子顕微鏡写真

図2-20 分析に用いたウラン粒子の電子顕微鏡写真

1個のウラン粒子(1/100 mm程度の大きさ)を対象に230Th/234U原子個数比を分析することで、ウランの精製活動が行われた詳細な時期の推定などが可能になります。

 

表2-2 1個のウラン粒子を用いた精製からの経過年数の分析結果

原子個数比の不確かさは大きいものの、極微量の原子個数比を測定することに成功し、経過年を正しく推定することができました。

表2-2 1個のウラン粒子を用いた精製からの経過年数の分析結果

拡大図 (85kB)

 


国際原子力機関(IAEA)は、ウランなどの核物質が平和利用の目的以外に使用されないことを確認するため、保障措置活動を行っています。その一つに保障措置環境試料分析があり、これはIAEA査察官が原子力施設に赴いた際に特別な布で施設内外の壁などの拭取りを行い、その布に付着した極微量の核燃料の組成や量を分析することにより未申告の原子力活動を検知するものです。採取した拭取り試料は、原子力機構を含む技術認定された9カ国・2機関で構成されるIAEAネットワーク分析所(NWAL)で分析されます。ウランが、いつ精製されたかを知ることは、核兵器開発計画の存在を示す重要な証拠になると考えられます。そのため、拭取り試料に付着したウラン粒子1個から、精製からの経過年数を推定する分析技術の確立が要求されていました。私たちは要求に応えるため、この分析法の開発に着手しました。

開発にあたって私たちは、ウランの同位体234Uが約25万年の半減期でトリウム(230Th)に放射壊変することに着目しました。図2-19に示すように、ウラン中の230Th/234U原子個数比は、精製日から経過するにしたがって高くなるため、この比を分析することで、ウラン精製から現在までの経過時間を推定することができます。

まとまったウランの量があるならば230Th/234U原子個数比の分析は容易ですが、拭取り試料に付着している個々のウラン粒子は非常に小さく、重量がナノグラム(10-9 g)程度であるため、一般的な実験室においては、環境中の塵に含まれる天然ウランの影響を受け、正しい結果を得ることは非常に困難です。このため私たちは、「高度環境分析研究棟」のクリーンルーム実験室において、精製からの経過年数が既知のウラン粒子を用いて、1個のウラン粒子を対象とした極微量化学分離を伴う230Th/234U原子個数比分析技術を開発しました。ここで正確な原子個数比を得るため、試料に標準物質を添加する同位体希釈法を適用しました。標準物質は通常ウランとトリウムのそれぞれについて準備し添加する必要がありますが、私たちは229Th/233U原子個数比が既知の単一標準物質を調製して用いました。これにより試料への添加量や標準物質の重量を厳密に管理せずとも正確な分析値を得ることができます。図2-20に分析した粒子の画像の例を示します。ウラン粒子を溶解、標準物質の添加、化学分離の前処理をした後、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)により230Th/229Th比と234U/233U比を分析し、230Th/234U原子個数比を算出して精製からの経過年数を推定しました。

得られた結果を表2-2に示します。粒径が8〜9 µmの粒子に対して、実際の精製経過年(61年)を-6.2〜3.6年の範囲内のずれで推定することができました。結果として、IAEAの要求通り、ウラン精製からの経過年数を1個のウラン粒子から推定する技術の確立に成功しました。今後は、ウラン粒子中に生成されたフェムトグラム(10-15 g)以下の超極微量230Thを精度良く測定するために、高感度の多重検出器を装着したICP-MSを使うなどして、精製時期の推定精度を上げるとともに、この技術をIAEAからの依頼分析に適用することで、国際貢献していきたいと考えています。

本成果は、原子力規制委員会原子力規制庁からの受託研究 「令和2年度軽水炉等改良技術確証試験等委託費(保障措置環境分析調査)事業」の成果の一部です。

(鈴木 大輔)