図5-4 鋳鉄の引張圧縮変形中のその場中性子回折実験の様子及び得られた結果
鋳鉄は、「フェライト」、 「パーライト」及び「球状黒鉛」の三つの構成相(組織)を持つ鉄系の材料であり、高い外力に耐えることができ複雑な形状を作りやすいことから建設機械の油圧機器のケーシングや自動車の様々な部品、使用済核燃料のキャスクなどに広く使われています(図5-4(a))。鋳鉄を、過酷な環境を模擬した繰り返し引張圧縮変形させると、強度が増加することが知られています。しかし、なぜ強度が増すのか、そのメカニズムは謎のままでした。そこで、そのメカニズムを解明するために、材料の構成相それぞれの負担する力及び組織の変化をその場中性子回折実験により観測しました(図5-4(b))。
透過力の高い中性子を用いた回折実験では、試験片内部のそれぞれ構成相の原子配列に関連した回折線を定量的に解析することにより、各構成相が担う応力(強度)及び結晶欠陥に関する情報を得ることができます。その結果、次のことが分かりました(図5-4(c))。①繰り返し引張圧縮変形中に、「フェライト」の組織中に転位という結晶欠陥の蓄積が起こることで、「フェライト」の強度が高まっていきます。「フェライト」は、組織の割合が最も多いため、鋳鉄全体の強度を増大させていきます。一方、「パーライト」の組織中に含まれている「セメンタイト」は、割合が2.2%しかないため、鋳鉄全体の強度への寄与は限られています。②「球状黒鉛」は、驚くことに応力を負担せず、鋳鉄全体の強度へはほとんど寄与していません。
鋳鉄の繰り返し引張圧縮変形中の強度が増加する挙動を定量的に詳しく解析できたのは、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の大強度パルス中性子ビームにより鋳鉄中の微量な構成相も含む各相の振る舞いの測定に成功したことによります。J-PARC MLFのBL19に設置された工学材料回折装置「匠」では、試験片の変形試験に関して連続したその場中性子回折実験ができる手法を開発したことが、本研究に役立ちました。
鋳鉄は、私たちの生活基盤を支えている重要な一つの鉄系材料であり、熱処理等のプロセスによって基地組織や黒鉛の形態と分布を比較的容易に変化させることで、広範な材料特性及び応用先をカバーすることが可能な材料です。したがって、鋳鉄で起きている現象の理解が深まれば、それを基に数値計算と熱処理手法の高度化につながり、様々な応用を考慮した材料設計へのフィードバックとなることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)(No.JP18H05479)「精密構造解析によるキンク形成・強化のメカニズム解明」の助成を受けたものです。
(Stefanus Harjo)