図5-10 廃棄骨を利用した金属吸着剤開発の概要
図5-11 ストロンチウムに対する高炭酸含有アパタイトの吸着分配係数
工業地帯周辺では、カドミウムや鉛などの金属による環境汚染を防ぐために以前より様々な防止対策が行われています。また、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故以降、放射性物質の広域拡散を防止する技術確立の重要性が改めて認識されています。中でも、人体に摂取されたとき骨に取り込まれやすい放射性ストロンチウムの広域拡散の防止は重要であり、高性能かつ安価で大量生産が可能な吸着剤の確立が必要とされています。
動物の骨は、ストロンチウムやカドミウム、鉛などの金属を取り込みやすいことが知られています。そのため、過去には廃材である牛骨や豚骨などを安価な吸着剤として実際の原子力施設で利用する試みも行われていました。しかし、その性能は既存の吸着剤に比べて低く、実用化に至っていませんでした。骨が有する高い金属取込み性能の理由として、骨の主成分であるアパタイト(以下、HAP)に元来含まれる炭酸が重要な働きをすると考えられてきましたが、従来の炭酸量を制御する術は今までなく、その詳しいメカニズムは不明でした。
本研究では、より高効率に、かつ低コストで環境中から有害金属を除去できる吸着剤の実現を目指して、骨が有する金属吸着性能を解明し、そのメカニズムを活かして吸着性能を向上させることを目的としました(図5-10)。まず、加圧加熱して廃棄豚骨から有機物を取り除きました。その後、重曹(炭酸水素ナトリウム)水溶液に浸漬させることで、多量の炭酸基を骨由来のHAPに導入できることを発見しました。また、重曹水溶液の濃度を増加させると導入される炭酸量も増加することを発見しました。作製した炭酸HAPを用いて、ストロンチウムやカドミウムに対する吸着性能を調べました。吸着性能は図5-11の吸着分配係数で見ることができます。ストロンチウムに対して、炭酸HAPは未処理の骨に比べて約250倍高い吸着性能を示しました。さらに、天然ゼオライトの中で最も高効率でストロンチウムを吸着することで知られるクリノプチロライトと比較して約20倍高い性能を示しました。また、カドミウムに対しては、クリノプチロライトに比べて約370倍高い吸着性能を示しました。
異なる量の炭酸を含む炭酸HAPに対してストロンチウムに対する吸着性能を調べたところ、含まれる炭酸の量が多くなるとともにストロンチウムに対する吸着性能が向上することが分かりました(図5-11)。炭酸HAPの表面は、炭酸が導入されることにより負に帯電し、正電荷のストロンチウムが吸着されやすい状態になっていることを確認しました。さらに、X線吸収微細構造評価法により、炭酸HAPではストロンチウム吸着に適した新しい吸着サイトが形成されていることが分かりました。このように、食品廃棄骨を重曹に漬け込むだけで、ストロンチウムやカドミウムに対して高い吸着性能を示す材料の作製が可能であることを発見しました。
本成果は、汚染水の浄化や環境浄化、また、有用金属回収への応用が期待されます。
(関根 由莉奈)