図1 (a)新開発した積層構造電極の断面透過電子顕微鏡像と(b)開発素子の電気抵抗値の磁場依存性
金属に電圧を加えると電子が移動し、電流が流れます。一方、絶縁体に対して電圧を加えても電子が移動することがないため、電流が流れることはありません。しかし、1 nmという原子が数個ほどの非常に薄い絶縁体薄膜(トンネルバリア層)を金属薄膜でサンドイッチにした素子に電圧を加えると本来電子を通さない絶縁膜を電子が透過して電流が流れます。この現象は量子力学で記述されるトンネル効果と呼ばれています。このとき、金属薄膜に磁石(磁性材料)を用いると、二つの磁石のN極とS極の向きの違いにより流れる電流の量が大きく変わります。これをトンネル磁気抵抗効果(TMR効果)と呼び、この現象を介することにより、nmからμmスケールというコンパクトなサイズの素子で磁石の磁気的な性質を大きな電気信号に変換することができます。この現象を用いた電子デバイスはTMR素子と呼ばれ(図1(a))、ハードディスクドライブの磁気ヘッドや磁石のN・S極を記録に用いた磁気抵抗メモリ(MRAM)、磁場を電気信号に変換する磁気センサとして既に私たちの身の回りで用いられており、耐放射線性を有することから原子力分野や航空宇宙分野への応用も期待されています。
本研究では、トンネル磁気抵抗素子に用いる新しい磁性材料として正方晶マンガンガリウム合金(MnGa)を検討しました(図1)。この磁性材料は、薄膜にすると膜面垂直方向に磁化(磁気的な分極)が向く垂直磁化材料として知られており、磁化が小さいにもかかわらず、磁化の向きを揃える力が強いという従来の磁性材料にはない魅力的な性質を兼ね備えており、TMR素子に応用することにより、高速・大容量MRAM、テラヘルツ帯域対応の高周波素子などの次世代スピントロニクスデバイスを実現することが可能になります。しかし、この磁性材料をTMR素子の電極材料として利用しようとしても、TMR効果の大きさを表すトンネル磁気抵抗比(TMR比)が数%程度しか得られないことが、最大の技術課題でした。
この課題に対し、本研究では、原子数層という極限に薄い領域での精密薄膜形成技術を用いて、マンガンガリウム合金(MnGa)、マグネシウム(Mg)、コバルトマンガン合金(CoMn)という3種類の金属材料を高度に複合した新たな磁性電極層を開発しました(図1(a))。その結果、室温で約120%のTMR比を達成し、従来の素子と比較して10倍以上の高性能化に成功しました(図1(b))。本研究成果により、正方晶マンガンガリウム合金材料の優れた磁気的な性質を用いた磁気抵抗メモリ、高周波デバイス、磁気センサの研究開発が産業応用に向けて大きく前進すると期待されます。
本研究は、科学技術振興機構研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP トライアウト(JPMJTM20K5)「高保磁力・高TMR・貴金属フリー垂直磁化固定層を有する磁気センサ素子の開発」の一環として実施されました。
(鈴木 和也)