図1 SiO2/Si界面における酸素分子の反応
パソコンやスマートフォンの演算を司る集積回路の基本構造「トランジスタ」は、Siを酸化し、ゲート絶縁膜と呼ばれる酸化膜を作製することで構成されます。近年、トランジスタの高密度集積化に伴い、1 nm以下という薄さの酸化膜を作製することが要求されています。このような薄い膜厚では、わずかな欠陥が消費電力の上昇や誤動作の原因となるため、酸化反応を精密に制御し、欠陥の少ない酸化膜を作製することが不可欠です。しかし、原子レベルの薄い膜厚における酸化反応は十分に理解されていませんでした。
本研究では、SPring-8の原子力機構専用ビームラインBL23SUにおいて、高輝度、高分解能の放射光によるX線光電子分光法を用いてSi表面の酸化反応をリアルタイムで観察し、ナノレベルの酸化反応を明らかにしました。
Si基板上の酸化膜(SiO2)は、酸化膜表面からO2が取り込まれて内部に拡散し、SiO2/Si界面で反応するという流れで成長します。これまで、SiO2/Si界面に辿り着いたO2は、Si-Si結合と直接反応しSi-O-Si結合を生成すると考えられていましたが、そのような過程には高エネルギーのO2分子が必要です。膜中を拡散するO2の持つ平均運動エネルギーは低いため、O2ガスによる酸化は起こり得ないことになってしまいます(図1(c))。
本研究では、SiO2/Si界面における欠陥に着目しました。SiO2/Si界面ではSiO2生成による体積膨張のため、大きな歪みが生じます。この歪みにより界面では欠陥が生成します。この欠陥にキャリア(電子、正孔)が結びつくことで化学的に反応がしやすい状態となり、O2と反応するのではないかと予想しました。そこで、放射光を用いたリアルタイム光電子分光測定により、界面キャリアの量を反映するSi 2pスペクトルの時間変化(図1(a))を取得し、そのことを実証しました。さらに、界面O2の量の変化から、キャリアと結びついた欠陥にO2が分子のまま吸着することを見いだしました。その後O2はO原子に解離し、Si-O-Si結合を形成します。このような分子状吸着を介する反応はエネルギーを必要としないことから、図1(d)のような経路で反応が進むことが確かめられました。本研究により、SiO2/Si界面におけるO2の反応は欠陥での分子状吸着を介して進行し、その過程でSi基板のキャリアが関与するという新しい反応メカニズムを提案しました。
欠陥でO2が反応することを示した本成果は、欠陥を消滅させながらSiO2成長が可能であることを示唆しています。よって、本研究を応用することで、デバイスの省電力化、信頼性向上、更なる高密度集積化による小型化や高性能化などが期待されます。
本研究は、東北大学、福井工業高等専門学校との共同研究として実施されました。
(津田 泰孝)