6-3 水に溶けたラジウムの姿を世界で初めて分子レベルで究明

−キュリー夫妻による発見から125年、ラジウムの分子レベル研究の幕開け−

図1 水和Ra2+のシミュレーションのスナップショット

図1 水和Ra2+のシミュレーションのスナップショット

1つのRa2+が100個の水分子に囲まれた構造について60 psの動きを計算し、その解析(図2)を行うことで表1の結果が得られました。

 

図2 水和Ra2+の周りの水分子の分布

図2 水和Ra2+の周りの水分子の分布

シミュレーションで得られた各構造において、Raと酸素の距離を全て計算し平均化した結果(動径分布関数)を示します。斜線部を積算することで、水和Ra2+の第一水和圏内に存在する水分子の平均個数が求まります(表1)。

 

表1 実験とシミュレーションの比較

実験とシミュレーションで得られた、Ra2+の第一水和圏内に存在する水分子中酸素の数(配位数)及びRa2+と酸素の距離を示します。両者の結果が誤差の範囲で一致しました。

表1 実験とシミュレーションの比較

 


ラジウム(Ra)は1898年にキュリー夫妻によって発見され、現在では医療や地球科学で活用される一方で環境汚染が懸念されるなど、広い分野で注目されています。しかし、生体内や環境中でのRaの化学反応の詳細は未だ解明されていません。これらの反応は主に水中で進行するため、Raが水に溶けた(水和Ra2+)時の様子は最も基礎的で重要な情報です。しかし、Raが放射性元素であり安定同位体が存在しないことや、Raの壊変によって気体の放射性元素であるラドンが生成し内部被ばくの危険性を高めることから、実験の実施には高度な安全管理が必要です。そのため、ラジウム発見から100年以上経っても、Ra2+の分子レベルの測定実験は行われていませんでした。

そこで本研究では、まず、ラドンの漏洩を防ぐ測定容器を開発し、高濃度Ra試料を安全に作製・運搬・測定する手法を確立しました。そして、世界最高性能の放射光実験施設の一つであるSPring-8を用いることで、世界初となるRa2+水和構造の分子レベル測定に成功しました。また、スーパーコンピュータを用いて第一原理分子動力学シミュレーションを行い(図1)解析したところ(図2)、実験結果の再現に成功しました(表1)。シミュレーションの結果をより詳細に解析し、Raの類似元素として用いられるバリウム(Ba)と比較したところ、Ra2+の第一水和圏内の水分子の平均滞留時間(38 ps)はBa2+の場合(98 ps)よりも短いことが分かり、Ra2+はBa2+と比べて周辺の水分子を束縛する力が弱く、水和構造が変化しやすいことが明らかになりました。これらの結果は、Ra2+が他の同族元素よりも、水から離れ生体内や環境中の固相に取り込まれやすいことを示唆しています。

本研究により、放射光実験とシミュレーションによるRaの分子レベルの化学研究手法を確立しました。今後本手法を基に、より複雑な化学反応の研究に応用することで、がん治療薬の作用メカニズムの解明や新薬開発、土壌の年代推定法の精緻化、環境問題の防止・解決等、社会的に重要な課題の解決へつながることが期待されます。

本研究は、東京大学及び大阪大学との共同研究「放射性元素の環境中動態に関する研究」の成果の一環であり、原子力機構萌芽研究開発制度及び日本学術振興会科学研究費研究活動スタート支援(JP19K23432)「実験とシミュレーションによるラジウムの粘土鉱物への吸着構造の解明」の助成を受けたものです。

(山口 瑛子)