図9-1 システム計算科学センターにおける計算科学研究
放射性物質の環境動態、汚染土壌の減容、過酷事故の解析等、東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故を契機に発生した課題の解決や将来の原子力システムの研究開発には、様々な要因が絡み合う複雑な現象の解析技術が不可欠です。例えば、過酷事故の解析では核燃料や構造材の溶融・移行過程を評価するマクロスケールの熱流動解析だけでなく、溶融物の混合による複雑な界面形成を評価するメゾスケールの解析、高温高圧の極限環境下における元素拡散、化学反応、相変化による物性変化を評価するミクロスケールの原子・分子シミュレーションを機械学習によって統合する新たなマルチスケール・マルチフィジックスの解析技術が必要です。このようなシミュレーション技術に加え、「富岳」をはじめとするエクサフロップス計算機の高度利用を可能とする計算機技術も必要となります(フロップスは1秒間に行える計算能力の単位で、テラは1012回、ペタは1015回、エクサは1018回の計算が可能です。なお1京は1016です)。
システム計算科学センターでは、これまで複雑現象解析の基礎となる原子・分子シミュレーション、流体計算等のシミュレーション技術及び数値計算アルゴリズム、可視化等の計算機技術を開発してきました。現在、これらの技術を発展させ、エクサフロップス計算機を用い複雑現象解析を可能とする新たなシミュレーション技術及び計算機技術の開発に取り組んでいます(図9-1)。このような複雑現象の解析技術は原子力研究開発全般における共通基盤技術となります。
2019年度は、福島の再生・復興への計算科学技術の活用として、量子化学計算によってキノコへの放射性セシウム濃縮の謎に迫るとともに(第1章トピックス1-13)、1F港湾内の詳細流体解析による放射性セシウム流出量の推定結果を取りまとめました(第1章トピックス1-14)。一方、複雑現象解析に必要な様々なミクロ・メゾスケール解析の高度化に関する成果として、以下の三つの成果を紹介します:(1)1F炉内のマルチスケール熱流動解析を可能とする格子ボルツマン法向け熱流動モデル開発に関する成果(トピックス9-1)。(2)放射線輸送解析コードPHITSを応用した超伝導中性子顕微鏡システムの設計研究(トピックス9-2)。(3)原子シミュレーションによって鉄の塑性変形の機構を解明した成果(トピックス9-3)。また、エクサフロップス計算を支える計算機技術として、演算加速装置(GPU)に基づくスーパーコンピュータを用いた大規模多相流体解析を可能とする省通信型行列解法の開発に関する成果を紹介します(トピックス9-4)。
システム計算科学センターでは、原子力研究開発の共通基盤となる計算科学技術の研究を今後も着実に進展させ、その成果を積極的に展開していきます。